大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)459号 判決

被告人 山口倉吉 外

〔抄 録〕

一、弁護人の論旨一、

憲法第二八条は労働者の団体行動権を保障しており、所謂ストライキは右規定によつて労働者に保障された重要な争議手段であること、労働組合がストライキを実施する場合、それは単に自己組合員のみの労働力提供義務の拒否というだけでなく、ストライキ破労務者の就労をも防止する行動をとりうることも亦許されるべきものであることは所論のとおりである。

しかし憲法第二八条の規定をもつて、所論のように労働者が労働力の独占を計る為に必要な一切の行動方法をとりうることを認容したものであつて、その為には個人の自由権に抵触する行動をとることも認めるものであるとは未だ解することはできないのである。

蓋し、憲法第二八条は勤労者の団結権、団体交渉権、団体行動権は保障するものであるが、所論のように所謂勤労者の労働力の独占ということを認容した規定ではないからである。

又職業安定法第二〇条は公の機関である職業安定所は労働争議に際し中立であるべき旨の規定であり、労働組合法第七条は使用者は労働者の正当な組合活動を妨げてはならないことを規定したものであつて、これをもつて所論のように勤労者の労働力の独占を認めた結果の規定とは解されない。

ところで所論は本件渡辺飯が自動車を運転したことをもつて、ストライキ破で被告人等のストライキ権を侵害した不法行為であるということを前提として立論するものであるが、思うに不法不正なストライキ破とはストライキの効果をことさら減殺せしめる目的で組合の統制を乱し、使用者の利益を計る行為をいうものと解せられ、たとえストライキ中でも組合員、非組合員の別なく、元来その職場の被傭者で、自己の自由意思によつてストライキに参加しない者が使用者の命令に従つてその本来的な業務に従事するが如きはストライキ破とは何等認めることはできないのである。本件記録によれば、当時渡辺飯は被告人等が組合員であつたのに反し、非組合員であつて、被告人等が参加したストライキに独自の自由意志によつて参加せず、部隊の命令によつて本来の自己の業務に従事していたものであることが明白であるのみならず、本件記録によつては渡辺飯のみならず、その他の運転手等が被告人等のストライキをことさら妨害する意思をもつて自動車の運転を為したものとは認められないのであるから、渡辺飯等の自動車運転をもつて被告人等のストライキ権の侵害行為であつたことは到底認めることはできないのである。従つて該運転行為に対して正当防衛の成立する余地は存しない。

しからば、所論の前提が已に存在しないことになるのであり、その他本件記録を精査しても原判決には所論の如き憲法第二八条刑法第三六条の解釈を誤つた違法の存するものとは認められない。論旨は理由がない。

二、弁護人の論旨二、

原判決挙示の証拠によれば、原判決が認定する如く被告人青木一雄は原判示のように渡辺飯の運転する自動車の運転台窓から長さ約六尺の竹竿を右自動車のハンドルめがけて突き込み多衆の威力を示して右渡辺飯の自動車運転業務を妨害した事実はこれを十分認めうるのである。

而して所論は右渡辺飯の自動車運転をもつて業務ではないと主張するのであるが、原判決挙示の証拠によれば同人は原判示駐留軍部隊において同部隊用の自動車(バス)の運転者として使用されていたものであることは明白であるから、同人が部隊の命令によつてそのバスを運転することはとりもなおさず同人の所謂運転業務という事になるのであつて、本件業務妨害の対象たる業務はこの具体的な業務なのである。

所論のように駐留軍の業務というような抽象的広範囲な業務をいうものではない。

ところで右渡辺飯が本件バスを運転したことは原判決挙示の証拠によれば部隊の命令によつて為されたものであることは明瞭である。

又本件記録によつては渡辺飯の右バス運転が所論のように本件労働組合の争議に対する対抗手段として被告人等のピケットライン(以下ピケラインと略称する)を打破してストライキを無効ならしめ組合活動を無力化しようとする強行突破運転であり、実力行使であると認めるには足らないのである。尤も被告人等は原審公判廷において右に照応する供述を為すのであるが、これは被告人等の主観的な推論であつて信用するに足りないのである。むしろ本件記録によれば右部隊では被告人等を含む組合員等がストライキを実施し平常のバス運転業務を中止したので、ストライキに参加しなかつた運転者をして平常通りバスの運転をさせようとしたにすぎないものであることを認めることができるのである。(所論引用の判例は本件には全く当嵌まらないものである。)

更に渡辺飯が所論のように被告人青木一雄に業務を妨害される以前に自から運転業務を放棄していたものと認めるに足る証拠は存在しない。

その他本件記録を精査しても原審認定には後段説明の如き事実誤認は存するけれども、本件控訴の対象の範囲内においては事実誤認ありとは認められない。

所論は畢竟独自の法律解釈を基礎として原判決が認定しない事実を主張して原審の事実認定を論難するものであつて、要するに論旨は採用できない。

三、検察官の論旨第一の一、

先ず被告人山口倉吉の所為がはたして原判決が認めるようにピケラインに対する現在の危難を避ける為に止むことを得ざるに出た行為であるか否かにつき按ずるに、労働争議のストライキにおけるピケッテイングは元来組合員のストライキからの脱落と所謂争議破の出現を警戒防止することを主たる目的とし、引いては争議の存在を広く社会に知らせ、国民一般のこれに対する理解と協力を得ようとするに在るものと解せられる。よつて組合員であり乍らみだりに争議から脱退して就業するような者が出ないように監視し、若しこのような者が出た場合には更に説得し、出来るだけ作業所に入ることを防止し、非組合員に対しては、出来るだけ争議に協力し、ストライキ中はその職場に就労しないように呼びかけること等を目的とするものであり、更に使用者が臨時に労務者を雇入れて就業させようとする場合はその労務者に対し同じくストライキに協力して就業しないように説得し、就業を阻止することも亦その目的の一つとするところと思料される。

従つて、ストライキ参加者が平穏な手段方法で非参加者に対し協力並びに参加を呼びかけ説得、勧誘をすることは勿論許されてしかるべきことであり、若しピケラインのストライキ参加者が非参加者に対し右のような説得呼びかけをしている際ことさらこれを妨害するならば、これは所謂ピケット権の侵害となるものと解せられるのである。

しかし乍ら他方ストライキ非参加者は参加者の右説得を聴かなければならない義務のないことは言うまでもないところであり、説得に拘ることなく自由に行動しうるものであるから、ストライキ参加者と雖も平穏な説得行為に非ずして実力を行使して非参加者の就業を妨害圧迫してよい権限は勿論有しないのである。

ところで、原審並びに当審が取り調べた証拠に現われた事実を綜合すれば、被告人等は駐留軍横浜陸上輸送部隊の日本人労務者によつて組織されていた同部隊労働組合員であつて、同組合が実施した昭和二八年七月二八日からの七二時間ストライキに参加したものであるが、右ストライキ参加者はこれに参加しなかつた非組合員の就業を阻止すべくストライキに入ると同時に職場である右部隊の各出入口には所謂ピケラインを張つたのであるが、同月二九日午前六時四〇分頃駐留軍々人軍属を横浜駅から横浜市内所定場所に輸送する為、本件渡辺飯等計七名の非組合員日本人運転手が夫々バスを運転して同部隊バス通用門から順次一台毎に出門しようとするのを知り、被告人山口倉吉はその場にピケラインを張つていた組合員等約三〇名(この内には被告人青木一雄、同峯村省三も加つている。)と共どもその出門を阻止すべく右通用門前に馳せつけたところ、先づ川名浩が巧みにピケラインの人員稀薄の箇所をぬつてバスを運転出門してしまつたので、これに続いていた渡辺飯運転のバスがまさに出門した瞬間、被告人山口倉吉は「バスを一台も出すな」と叫び乍ら矢庭にその進行前面路上に氏名不詳の他の組合員数名と共に寝ころんだので渡辺飯はその運転するバスを停止せしめざるを得なかつたものである事実及び被告人等は元来一定職場の労働組合がその職場においてストライキを行えば組合員はもとより非組合員でも労務者はその職場の業務に従事することは許されず、若し従事しようとするものがあればたとえ実力を行使してでもこれを阻止しうるものと信じていた(法令の誤解と認められる。)ものである事実を認めうるのである。而して原判決は被告人山口倉吉の検事に対する供述調書中最初のバス(川名浩運転のバス)はピケラインの組合員をはねとばすような勢で出て行つた旨の部分を信用しているけれども、川名浩の原審公判供述及び当審における証人としての供述によれば同人はピケラインの人のいないところをねらつてバスを運転して門を出たのであり、門を出るときはバスの速度を格別早くはしなかつた旨の部分に徴すれば、右山口被告人の供述部分は信用のできないものであり、その他原審が取り調べた証拠に現われた事実のうち前記認定事実に反するものは信用のできないものである。

なお、川名浩のみならず、渡辺飯等には被告人等の行うストライキを妨害する意思はなかつたものであり、使用者であつた駐留軍の命令に従いバスを運転したものであるにすぎず、且つことさらピケラインを強硬に突破しようとしたものでないことは已に弁護人の各論旨に対する判断の部分において説示したとおりである。

以上の事実から考察すると、被告人山口倉吉は何等権限がないのにストライキに参加しなかつた日本人運転手が正当に運転するバスの出門を多数の組合員の威力を示し実力によつて阻止したものと認めざるを得ないのである。しからば原判決が渡辺飯等の運転手は被告人等をして平和的説得をする余ゆうも与えず、ピケラインを強引に突破しようとしたものと認め、被告人山口倉吉の所為を目してピケラインの組合員が右運転手等に対する説得の余地を作る為にのみする止むを得ない妨害行為で、ピケラインに対する現在の危難を避ける為止むことを得ざるに出た行為であるとして刑法第三七条第一項本文により業務妨害罪を構成しないと認めたのは正に法令の解釈を誤り事実を誤認したものというべく、この誤は元より判決に影響を及ぼすものであるから、論旨は理由がある。

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